新大陸でのアレやコレ - たきゆき |
「アレ、お前さん、もしかして」 唐突にすれ違い様かけられた声に足を止めた。 「ん?」 振り返り、声をかけてきた男の方を見る。 そこにいたのは眼帯装備をつけた顎髭の男で。 見覚えがあるような、ないような、と思いながらまじまじと見て、記憶の中にあった一つの顔にヒットする。 「あ。アンタもしかして、MHDの?」 「ああそうだ。Nobutunaだ。お前さんは箱庭の太刀使いだな。零、だったか」 記憶をなぞるようにして自分の顔を見てそう言った男を前に、思わず顔をしかめる。 その単語は、苦楽を刻んだ居場所の名は、酷く神経を逆撫でする。 「……もう、箱庭はねぇよ」 口調が固いものになってしまったのくらいは多目に見てほしい。 とげとげしくならなかっただけ、ましだ。 「ああ、知ってる」 こちらの気が立ったのを感じたのだろう。 ただ淡々と事実を受け入れるようにうなずいて、それ以上の言葉を重ねることはなかった。 バルバレという移動都市で所属した狩猟団。その頃に一時同じ町ですごした狩猟団の長をしていた男は、曲者ばかりの自狩猟団をまとめていただけのことはあるようで、空気を読むことに長けていた。 「お前さんも五期団か」 「ああ。も、ってことはアンタもか。気付かなかったな」 「……一人で、狩りに行ってるのか」 装備の状態を見れば、今から狩りに行くのか、帰ってきたのかはすぐにわかる。 すれ違った場所は、翼竜の宿り木付近で、回りに仲間らしきものはいない、となれば、それくらいはわかってしまうのだろう。 元より、他の面子と和気藹々狩りに行くタイプではない。 足手まといになるのなら一人で行った方がましだと思っている。 狩猟団にいた頃ほど、背中を預けられる人間がいないもの原因の一つだ。 「だから?」 それがどうした、と鼻で笑うと、少し何事かを考えるように口をつぐんだ。 これで一緒に狩りにとでも言い出せば、こっぴどく振ってやる、と考えていたが、男が口に出したのは、全く別の話だった。 「お前さんところの元団長さんが、ギルドナイトに危険分子として拘束された、って話は聞いているか?」 「……はぁ?」 なんだそれは。 そんな思いが顔に出た。 「だんちょ……姐さんが? なんで」 基本的に善良な人だった。 ギルドと対立することがあっても、良心と信念にそむくことはしない人だった。 酷くお人好しで、他者を呆れるほどに無防備に愛する人。 そんな人が危険分子。 しかも拘束したのが、元副団長であり、彼女の幼馴染みである男のいるギルドナイト。 意味がわからない。 「彼女が昔、没にした論文が盗み出されて悪用され、その奪還と後始末に行くときにギルドに報告しなかったこと。悪用されると大惨事になる頭脳があるということ。その二つが大きな理由だそうだ」 「……なんっだそりゃ!」 ぶわっと毛が逆立ちそうなほど、怒りに震えた。 これまでその頭脳をいいように使ってきておいて、今ごろそんなことを言うのか。 あの人からの信頼を自分達ギルドがぶち壊しておいて、そんなことをほざくのか。 それを止められなかった元副団長にも怒りが沸いた。 「レオも! なにやってんだ!!」 みすみすそんな扱いをさせるなど、あの一見穏やかで不憫属性なのに、腹黒で残忍にもなれる男をなじる。 「ああ、レオってのは確か元副団長、だったか。いや、ソイツは保護のため、そういう名目で手元に引き込んだんだっていう話だぞ」 「保護ぉ?」 「ああ。罪状をでっちあげ、彼女を投獄という名目で研究に飼い殺しにしたがったギルド絡みの貴族から守るため、書士隊と龍歴院にもリークして、三者から引っ張りあう形にさせたんだ」 それらは彼女が違う名前で登録されていた学術機関の名前だ。 学術的にも優れた成績のある彼女なら、欲しがるのは当たり前だろう。 「最終的には、持っていた全ての論文を放棄する形で提供し、島流し」 「全部放棄!? 島流しだと! ……島…?」 憤りのまま繰り返し、ふと、言葉を止めた。 「……アンタ、やけに詳しいな。それ、どこで、誰に聞いたんだ」 嫌な予感がした。 何とも言えない顔をしている男を、ひきつった顔で見る。 はたして伝えられたのは。 「本人だ。気球墜落事件は知ってるな? それによって研究を主とする三期団と連絡がとれず、調査研究が暗礁に乗り上げていたところに研究者の増員として合流し、研究にあけくれ、ゾラ戦以降、陸珊瑚への開拓が進んでからはもっぱらあっちに詰めてる」 調査を進めるために、空を行こうとして墜ち、縦に傾いた船と、独特の語り口調の三期団団長を思い出す。 「まさか。だって、俺もあそこには行ったけど、逢ったこと、」 「陸珊瑚に魅せられほとんどフィールドにいるらしい。瘴気の谷のフィールドマスターみたいになるんじゃないかと心配されてる」 打ち上げられた魚のように口をパクパクさせて絶句。 否定したい。 「本人は、島流しの件…」 「あー……。やんなるわよねーなんて言って、けたけた笑い飛ばしてたな」 零が理不尽さに激昂したはずの案件を、簡単に笑い飛ばすなんて。 そんな。そんなこと。 「……やるな、あの人なら」 そのあっけらかんとした笑い声すら聞こえてきそうだ。 深いため息とともに、肩から力が抜ける。 頭をぼりぼりとかきながら、踵を返す。 「……おい?」 「急用ができた」 笑ってる場合かって一声言ってやらねばならない。 どう聞いても堪えている様子はない。だったら、世間はそんなにいい奴ばかりじゃないんだって言ってやらないと。 けして、久しぶりに逢ってみたいとか、元気か確認したいとか、そんなものではない。 そう、けして。だから。 「……何笑ってんだこのやろう」 肩越しにぎろりと睨むと、片手で口元を押え、顔を横に向けてくつくつ笑っていた男は誤魔化すように小さく咳払いして。 「いや、急用、ならしかたないな? うん。じゃあ、また縁が合えば」 「ふん」 うっすら笑っている男に用などない。 すぐに正面を向いて、真っ直ぐに翼竜の宿り木をめざして。 目的地は陸珊瑚の台地一択だった。
[No.9] 2019/02/16(Sat) 03:02:19 |