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   ライフ - たきゆき - 2019/03/05(Tue) 02:09:02 [No.10]



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ライフ (親記事) - たきゆき

「どうしてハンターを続けているか、ですって?」
 きょとんと目を瞬いて、首を傾げる彼女に頷いた。
 モンスターの角や外殻を使用した無骨にして頑強な装備は、出身氏族の関係で童顔な彼女には異質に見える。
 しかし、けして着られているような印象を与えないのは、小柄な彼女に合わせて作られたオーダーメイドであること、そして、その素材となったモンスターは彼女自身が狩ってきたものであることが理由だろうか。
 ハンターとしては、古参と言っても良いほど、数多のモンスターを相手取ってきたのだと言うが、近頃の彼女はハンターよりも研究者としての一面が強い。
 それならば。
「そうねぇ、今なら研究に必要なものを取ってきてくれるような腕の良いハンターのツテもあるしねぇ」
 あえて、危険な場所に飛び込む必要はない。
「でも、私はハンターを辞める気はないわよ?」
 ふわりと浮かべた笑みはどこか苦笑じみていた。
 否、苦笑、などという一言で納めるには、その表情は複雑すぎた。
 微笑ましいものを見るような慈愛と、何かを羨むような憂いと、何よりも確かに強く刻まれた覚悟と、他にも何かを内封している。
 それを言葉にする気はないのだろう。
 だが、それでも知りたかった。
 何故、あえて、危険な戦場へと赴くのかを。
 重ねた問いに笑みを深めて、手にしていた樽ジョッキをテーブルの上に置いた。
 両手は膝の上。まっすぐにこちらを見た彼女に自然と自分の背筋が伸びた。
 賑やかな周囲の音が遠ざかったように感じる。
「貴方はハンターになって、何年目?」
 優しい声音の問いに、素直に返答すると一つ二つ相づち代わりに頷かれる。
「クエストに失敗したのは、初めてというわけではない。でも、ここまで連続してってのは初めてかも、ってとこかしら?」
 その言葉にぎくりとした。
 慌てて、脳内で彼女に余計な言葉を漏らしていなかったかと再確認。 
 クエストに失敗して帰還して入った食堂に、以前一度狩りを共にした彼女の姿を見つけた。
 混み合う店内で、彼女の座るテーブルには空きの椅子が一つ。
 これ幸いと声を掛けて、同席して。
 その時も、今日クエストに失敗して帰ってきたことは言ったが、連続だなんて言ってないはずなのに。
「んっふっふ。わかるわよぉ。顔を見ればね。伊達に古株してるわけじゃないわ」
 楽しげに含み笑った彼女に、慌ててクエストに失敗したからハンターを辞めるか悩んでるとか疎んでるとかじゃないと弁解すれば、慌てた様がおかしかったのか、からからと笑い飛ばされた。
「ごめんごめん、そういう話じゃないわね。そう、なぜハンターを辞めないか、よね。うーん」
 どう言う風に説明しようかと迷うように、目線を宙に舞わせる。
「人を動かす力ってのはいろいろ種類があるわよね。知力とか、生命力みたいな個人の力から、財力、権力のような大きなものまで。私のもつコネとかもその中の一つと言えるかしら」
 一つ一つを指折り数える。
「私の古い友人にハンターを統括するギルドナイトの権力も、貴族の地位も財力ももってるコがいるけど、彼もハンターを本当の意味で辞めることはないんじゃないかしら。私達はそれを超える力を知ってしまったから」
 超える力、とオウム返しに呟いた自分に向けた表情から笑みが薄れ、真摯な光が黒曜石のような黒い瞳に宿る。
「暴力」
 端的に言われた言葉に目を瞠る。
「あらゆる物を砕き、崩壊させ、押し潰す。圧倒的な暴力。人の理など範疇外だと全身全霊で表してみせるそれを、貴方も知っているでしょう」
 それは疑問形ですらなかった。
 脳裏に蘇る。蘇る。あらゆる狩り場で、もしくは人の生息地で、暴れ、荒ぶったモンスター達の持つその力は、いやと言うほどに身にしみている。
 ぶるりと体を震わせた自分を見て、ふっと肩から力を抜いて、彼女が微笑んだ。
 大丈夫かと労る言葉にはっとして、顔を上げる。
 暴力という絶大な物。
「それにね、立ち向かうのもまた、暴力なのよ」
 ぽんっと片手で叩いて示されたのは、自身が腰掛けた食事場のベンチの後ろ。寄り添うように立てかけられていたハンマー。
 狩り場における彼女の相棒。
 多くのモンスターを狩りとった物。
「こういう言い方をすると、誤解を招くのよね。暴力でねじ伏せる喜びを感じる為にハンターをしてるのかとか、色々。でも、そういうことじゃなくて」
 腕を胸元に組み、うーんと唸って言葉を探す。
「そうねぇ。貴方、パーティを組んで、4人でアマツマガツチを倒したことがある?」
 突然、とんでもないことを言い出す彼女にぎょっとなる。
「ラオシャンロンは? ダラ・アマデュラは? ミラバルカンやミラボレアスは?」
 次々とあがる名前は超ド級のモンスターばかり。
 それらを倒すなど、ましてや、四人で討伐するなど伝説級のハンターがこなすようなおとぎ話だ。
 まことしやかに四人のハンターが倒したという話が流れてくることもあるが、眉唾だとしてか思っていなかった。
 そんなことあるわけがない。
 そう言い募る自身に、彼女が最初に見せた、あの複雑な笑みを浮かべた。
 それはやはり、慈愛と、憂いと、覚悟と、その他。
 その他。 
 それは、まるで、誇り、のような。
 まさか。
 絶句した自分をおかしげに笑って。
「じゃあ、貴方にはまだ分からないわね、私の、私達の気持ちは」
 達と複数にしたのは、前述した友人か、それ以外か。
 どうしてか、一人や二人という話ではないように感じた。
「貴方の道は貴方が決めなさい。ハンターとして生きていくなら覚悟を決めなさい」
 とてもとても、険しい道だけれど。
 それでもそれを選ぶのならば。
「私達はいつでも力を貸すわ。昔そうしてもらったように」
 何にも揺るがないと表情と瞳で雄弁に語る彼女も、揺らぎ導かれたことがあるのだろうか。
 きっとあったのだろう。
 今の自分のように、揺らぎ膿んで、泥の中でもがき苦しんだような日々が。
 それを超えて、ここにいるのだ。
 呑み始める前のどこか鬱屈とした気持ちは薄れていた。
 少し、目指すものが見えた気がした。
「難しいお話はこれくらいで。今晩はたくさん呑んで、たくさん食べて、寝ちゃいなさいな」
 すいっと身を乗り出して、わしわしと頭を撫でてくれる手は少し荒っぽくて、それがまたくすぐったい。
 ようやく笑った自分に安心したように彼女もまた笑って。
 周囲のテーブルで賑やかに飲み交わすハンター達の騒ぐ声が耳に戻る。
 今日はこの喧噪に加わって溶けて。
 明日からまた、狩り場に立とう。
 何度でも、何度でも。
 そう心に誓って、たっぷりビールの注がれたジョッキを掲げた。


[No.10] 2019/03/05(Tue) 02:09:02
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