変りゆくものと変われないもの
「姉さんさぁ…」 採取サンプルを収納する背中に掛けられた声に首を傾けて振り返ると、まじまじとこちらを見る零の姿を見付けた。 「髪型ずっとポニテ?」 問いかけに目を一度瞬く。 「ああ。そういえば、新大陸に来てからずっとコレだわね」 手ぶらでこの地を訪れ、僅かな学者としか交流を深めず、資料に埋もれて。 そんな中で容姿や風貌に気遣うような心の揺れ動きは一切なかった。 清潔にはそれなりに気を付けたつもりではいたのだが。 「たまには変えてみたら?」 「そうねぇ。それもいいわねぇ」 こちらに来る前はもっとそれなりに装備にも楽しみを持っていた気がする。 ガンナー装備の方が可愛い!いやいや、こっちのモンスター素材の方が、なんて、狩り友と話し合ったりなんかもして。 いつからかしら、なんて、わかりきっている。 人との交流を制限した時点で、だ。 「やっぱり駄目ねぇ…そんなことすら考えなくなっちゃう」 思わず浮かべた苦笑に、呆れたような表情を返された。 「当たり前だろ。大体姉さんは、引きこもると駄目人間になるタイプだし」 「わあ、耳がいたーーい」 わざとらしく両手で耳を押さえて見せると、口を尖らせて愚痴り始める。 「誰かいると無茶するし、いないと駄目人間……っていうか、人間として駄目になるし」 「おっと、お説教タイム再び!?」 「いや、別に説教ってわけじゃねーけど…」 「うん、わかってるわかってる」 心配してくれてるんだよね?、と笑って顔を覗き込むと、すいっと目を反らす。 その素直じゃないところがとても愛おしいのだが。 「そうねぇ、変えてみようかしら、髪型」 呟きながら、ポニーテールの尻尾を自分でくんっと引っ張ってみる。 こうして髪をしばりあげるより、下ろした方が、肩から力が抜けるかもしれない。 日々様々に移り変わるこの新大陸の有り様のように、新しいものを取り入れるというのも悪くない。 セリエナに用意して貰った広いマイルームの二階部分で改めて室内を見回す。 書斎兼研究用空間にしたそこには新たな素材や資料が山盛りになっている。 これからもどんどん増えるだろう。 新規の狩り場が構築されるというのはそういうことだ。 見下ろす一階部分もいつまで今のような私室の体をとれているだろうか。 そうなったら、環境生物もちょっと考えないとかもな、と思うと、先のことは不透明なことばかりで。 「まー、人生まだまだってことで」 「当たり前だろ。ってか、そうやってすぐ隠居じじい染みたこと言うよな、最近」 「どーも思ったように体動かなくなってきててさぁ。年とったわよね、って」 「だからって狩り場を離れる気はねー癖に」 「それはまぁ……そうなのよねぇ」 思ったように戦えないと分かっていても、ハンターとしての自分を手放す気はないのだ。 だから、こんなところまで来てしまったのだ。 最近はソロがほとんどだが、対象モンスターが強くなってくれば、他のハンターとも狩りにでることがあるだろう。 そこで足を引っ張らないようにせねば。
引っ張るくらいならば、身を引かねばならないのだろうか?
「…………別にいんじゃねーの。やりたいようにやれば」 「ん?」 「ねーさんはいつだってやりたいようにやってきたんだし、これからだってさぁ」 目線を合わせないまま、滝雪のマイルームの中に目を滑らせ、ベッド周辺でうろうろしているペンギンを眺め、僅かに目を細める。 「だってそれが姉さんじゃん」 端的に真実を射貫く。 簡単な言葉で、核心を突く。 そんな零の性質を改めて目の当たりにして、言葉を飲み込んで。 「んふふ、あーーりがと!」 横に並び、こつんと肩をぶつけるようにして笑う。 「気長に楽しくやっていきましょうかね」 「そうそう」 「せっかく来たんだし、ご飯でも食べてきなさいよ。色々話も聞きたいし。レオくんからの横流しでいいお酒あるわよー?」 「まじで!? ラッキー!」 「私宛の書類と一緒に混ざってた」 「レオも早く来りゃあいいのにな!」 「そうねぇ〜」 明るい声で話しながら、階下に向かう二人の表情は、穏やかな笑顔で。 普段は静かで、ペンの動く音や、環境生物の立てるおとしかしない室内が、その日は夜まで賑やかな話し声で満たされるのだった。
[No.25] 2019/11/06(Wed) 01:46:59 |