「じいちゃん! どういうことだよ!」 アステラの司令部。 いつもの定位置に悠然と立つ総指令に、孫である調査班リーダーの青年が声を荒げながら詰め寄った。 「どうした」 興奮した様子の青年を見ても、その毅然とした態度は揺るがないものの、珍しい様子に目を細める。 「ギルドナイトが危険人物として拘束したようなヤツを編纂者として受け入れるだなんて」 「……ああ。その話か」 本日到着する予定の増援物資輸送船の積み荷について聞いたのだと察した総指令が納得したように頷いた。 「その話か、じゃねーよ! アステラは流刑地じゃねーぞ!」 いらだたしげに声を荒げるのは、この新大陸育ちの彼にとって、流刑地のような扱いを受けたことに怒りを覚えたからだ。 「無論そうだ。しかし、お前も知っているだろう。現在、研究が暗礁に乗り上げていることを。彼の人物は優秀な研究者であり、複数の地区でG級まで上り詰めたハンターでもあるという。この過酷な新大陸に招くにふさわしい」 「だ、だからって、何か問題が起きたらどうするんだよ!」 アステラの研究の発展を望む総指令の言葉に、一瞬ぐっと口ごもり、反論する。 だが、それすらも大した反応を引き出すことができない。 「そう思うなら、お前が見張ればいいだろう。調査班リーダー」 ぽんと責任を手元に放るように差し出されて、言葉を飲み込む。 せめてもの反抗ににらみつけるも、総指令である祖父はその目線を悠々と受け止めている。 それに、これ以上言っても無駄だと悟って。 「……っだったら、そうさせて貰う!」 捨て台詞のように言い捨てて、くるりと身を翻す。 そのまま憤然とした様子で賑やかになっている港の方に足を向ける。 船が到着したのだろう。 だったら、早速釘を刺しておかねばと、険しい表情のまま船着き場に向かう。 ハンターを兼任できるというのなら、しかもG級というのなら、腕に自信があるのだろう。だとしても、負けるわけにはいかない。アステラの秩序を壊される訳にはいかない、と、使命感に燃えて歩き続き、荷下ろしの始まった船の横で仁王立ちする。 見覚えのある船員達の他に、該当の人物がいやしないかと目をこらしながら。 そんな調査班リーダーの耳に、明るい女性の声が届いた。 「せんちょーーう! ねぇ、コレも一緒に荷下ろししていいの? 私も手伝うけど!」 初めて聞く女性の声だ。 それに自然と目線を向けると、小柄な女性の姿が見えた。 一つにまとめ上げた髪の色は、黒に近い茶色。細身の彼女は一つの大きな積み荷を軽々と抱え上げていた。 「おう、頼まぁ!! っていうかだなぁ」 屈託ない笑顔の彼女に声を返しながら、苦笑する船長の姿が見える。 「アンタも今回の積み荷の一つなんだから、一緒に降りちまってくれや」 「あら失礼」 呆れたような口調に、しまったというように苦笑する。 (積み荷……?) その言い方に、疑問が湧き上がった。 (……まさか…?) 思い浮かんだ予想に顔が引きつる。 そんなまさか。 いやだって、G級ハンターで、問題を起こしそうな研究者で。ギルドナイトにとっても危険人物という話で。 抱えていた荷物を他の船員にも声を掛けながら所定の場所まで運んでいく。 それが偶然自分の近くで。 「うん…?」 凝視している調査班リーダーの視線に気付いた様子で顔を上げた彼女と目線が合う。 東方の血が入っていると思われる彼女の年齢は非常にわかりにくいが、おそらくは年上、だろうか。 「……こんにちは…?」 まじまじと見つめてくる青年を前に、へらりと軽く笑う彼女の苦笑に、躊躇い気味に問う。 「あ、アンタがタキユキ…か?」 「えぇ。滝雪です。はじめまして」 「危険人物として、追放されたっていう?」 想像していた様相とは全く違う様子に困惑する。 きっと、体格なり表情なりに、そうと読み取れる何かがあると思っていたのだ。 「そういうことに、なっちゃうわねぇ」 今にも、困っちゃうわねぇとでも言い出しそうなあっけらかんとした様子に唖然とする。 「貴方は?」 こてんと小首を傾げて問われて、はっとして背筋を伸ばして立ち、見下ろした。 「俺は、このアステラの調査班リーダーだ」 「あら。お迎えに来てもらった感じなのかしら? お手数かけてごめんね」 屈託のない笑顔だ。 だがしかし、これが本性とは限らない。 限らないのだから、きちんと釘を刺しておかねば。 「一つ言っておく。アンタはギルドナイトから追放のような扱いでここにきたわけだが、アステラは流刑地ではない」 「うん…?」 厳しい表情を作り、頭二つ分ほど小さい彼女をもぎろりと見る。 「ここにはここの秩序が有り、それを乱す者を許さない。そのことは肝に銘じておけ」 ギルドナイトがいないから好き勝手出来ると思ってる貰っては困る。 びしっときつい口調で宣言する。 目線は相手を見抜くように鋭く、声音は冷たく。 それに対し彼女は。 「あ。うんうん。オッケーです。了解」 からっと笑って親指と人差し指とまるを作って見せた。 少なからず気分を害すると確信しての言葉が完全に空回りしたことで、思わず口調が荒くなる。 「おい! ちゃんと聞いてるのか!」 「聞いてるよ?」 いらだち交じりの言葉にも、心外そうに眉を寄せるのが彼女が見せた最低限の負の感情で。 どんな言葉を続けて良いか口を閉口する調査班リーダーを見て、ふわりと笑った。 「っ!?」 その穏やかな笑みにぎくりと身を強ばらせてしまう相手に構わず、目線をするりと動かして、船着き場から見える新大陸を見て、目をこらす。 「ここから見ただけでも植生が違うのが分かる。植生が違えば生態系も全く違う物になる」 不意に、声色が変わった。 「いかに事前研究があるとしても、あらゆる面で手探りになるだろうし、それに熱中していれば他の事なんて考えなくていい。そうしていれば、時間が気持ちを解決してくれる、とか」 どこか冷徹さすら漂う研究者の声で呟かれた独り言。 その声色が瞬間変化した。 何を思い出しているのか、すいっと細められた瞳が柔らかい表情で満たされる。 「考えたの、かな?……ほんとお人好し、というか」 ふわりと口元が綻んで、遠くの何かを。 否、誰かを探すように目を細めた。 とても大切な何か思い、溢れた愛おしさのようなもの。 柔らかい表情とは裏腹に少し泣きそうにも聞こえる声に、ぎくりと身を強ばらせてしまう。 予想していたものとはかけ離れたソレ。 年齢的にそういう恋情や愛情のようなものの経験がないわけではない。 だけど、こんな深い、複雑としかいいようがない感情を思わせる声は知らない。 思わず言葉を失い、動揺した様子に気付いたのか、まっすぐに青年を見上げ、切なげな表情の名残を残したまま苦笑した彼女にまごついてしまう。 「ココは流刑地じゃない。……うん。確かに了解した。肝に銘じて行動するとする。ココでの私は研究者として求められたんだもんね」 にこりと笑った笑顔に、何か良くないものに触れてしまったことに気付くも、もう遅かった。 「で? 活動拠点になる部屋はあるかな? それと、情報としてまわってるかもだけど、ハンターとしてもそこそこ動けるから初期装備くらいは欲しいかな」 「え、ああ、もちろん…」 「よっし!じゃあ案内よろしくね!」 すぐに表情を切替えた彼女は、憂いのカケラなど全く残っていない顔で笑う。 それに、これ以上踏み込むことは出来なくて。
研究室も兼ねる自室への案内と装備を調えるための鍛冶屋、同僚となる学者らへの紹介より以降は、めっきり近づくことはなく、アステラで時折すれ違っても挨拶程度。 後に、追放に至った理由を詳しく知り、警戒の必要性を感じなくなっても、なんとなしに刻まれた苦手意識で微妙に距離をとってしまう調査班リーダーに、彼女は気にしている様子もなく研究に没頭していった。
数年後、五期団が到着し、激動の刻が始まる。 そのさなか、五期団の凄腕ハンターを前に、かつての仲間で可愛いうちのことデレデレになって笑み崩れる彼女の姿に、絶句することになることを、このときの彼は知るよしもなかった。
[No.26] 2019/12/11(Wed) 16:22:51 |