[ リストに戻る ]
No.4に関するツリー

   潜入捜査のアレやコレ - たきゆき - 2019/02/16(Sat) 02:58:40 [No.4]
Re: 潜入捜査のアレやコレ - たきゆき - 2019/02/16(Sat) 02:59:35 [No.5]
Re: 潜入捜査のアレやコレ - たきゆき - 2019/02/16(Sat) 03:00:13 [No.6]
Re: 潜入捜査のアレやコレ - たきゆき - 2019/02/16(Sat) 03:00:52 [No.7]
Re: 潜入捜査のアレやコレ※流血表現有 - たきゆき - 2019/04/30(Tue) 01:27:56 [No.13]
Re: 潜入アレやコレ6 - たきゆき - 2019/05/15(Wed) 01:58:17 [No.14]
後日談のような感じ - たきゆき - 2019/07/26(Fri) 01:37:24 [No.23]



並べ替え: [ ツリー順に表示 | 投稿順に表示 ]
潜入捜査のアレやコレ (親記事) - たきゆき


薄暗い牢は廃村の片隅にあった。
モンスターを使った怪しい研究が行われているが、本拠地がわからない。だからこそ、あえて捕まり他の仲間を呼び寄せ一網打尽で終了。
そんな簡単な仕事だったはずなのに。
お久しぶり、と言って笑った彼女は白衣をまとい、明らかに彼らの仲間として振舞っていた。
何故と問いかけた自分を含み笑いで煙に巻いて。
それでも、何某かの理由があってそう演じているのだと確信できるくらいには付き合いは古いのだ。
だからこそ、動けない。
こうして大人しく捕えられるがまま。
そんなLeoninoの耳に、足音が聞えた。
ざり、と少しばかり地面をこするようなその足音を、Leoninoは待っていたのだ。
暗がりにうっすらと白く浮かび上がる白衣。さらりとそこを流れる長い髪。
二人を阻むのは鉄格子。
ただ無言で、感情を一切掻き消した顔で自分を見下ろす幼馴染を、上から下まで注視する。
そして。
「お前、寝てないんか?目の下のクマすごいぞ」
思わず零れた問いかけに、一瞬目を丸くして。
「バカ」
ほんの少し、緩んで解けた、見慣れた微苦笑に、これ以上もない安堵を覚えた。


[No.4] 2019/02/16(Sat) 02:58:40
Re: 潜入捜査のアレやコレ (No.4への返信 / 1階層) - たきゆき

「つまりお前が六花時代に書いた論文を元に作られた薬でモンスターが狂ってるってのか」
「捨てたつもりだったんだけどね、あんなゴミ」
鉄格子の側までにじり寄ったLeoninoの耳元でだけ聞こえるような小さな声で吐き捨てる。
「手元に資料が残ってなくて、どんな改悪されたかわかんなくて」
「潜入したのか」
ん、と小さく頷く滝雪にもやもやとした不快感を覚える。
何故頼らなかった、と聞きたくて、飲み込む。
知っていた。
以前に比べ、彼女は本当に頼らなくなった。
昔でさえ、誰かに頼るのは苦手だった。
それでも今よりは。
「今、裏で中和剤作ってる、から、完成したら」
「GOサインを貰えるんやろ?」
「一旦脱出してもいいのよ?ここにいたら、どんな扱いを受けるか」
「お断りだ」
「……バカ」
「お前がな」
気遣うような問いかけを端的に断ったら、拗ねたような表情で非難される。
だが、それこそ、批難したいのはこちらのほうだ。
憮然としたLeoninoの呟きに、肺の奥底から吐き出すようなため息をして、こつんと額を鉄格子にぶつける。
そのまま動きを止めて。
「ユキ?」
ずるりと体が沈んだ。
「ッユキ!」
潜めながらも鋭く問う。
その問いに返されたのは。
「寝息…?」
規則的な、小さな寝息。
それは目の下に隈が出来るほど眠れなかった彼女が眠った証で。
覗き込むと、思ったより穏やかな顔をしていた。
まるで安心したかのような表情と無防備な様子。
「そ、れは……卑怯やろ」
ここは安全、と言わんばかりの様子に渋い顔になる。
頼ることもしないくせに。
両手は後ろ手に拘束されたまま、触れることもできない。
その場所で。
短い安息に沈む彼女の空気がやわらいでいる。
ごり、と彼女の側の鉄格子に自分の額を寄せる。
吐息で前髪が少し揺れた。
「しゃあない。誰か来たら起こしたるから…」
少しだけ。
ようやく得られたらしい眠りを守るようにその場に座し、ただ静かに周囲に耳を澄ませ続けた。


[No.5] 2019/02/16(Sat) 02:59:35
Re: 潜入捜査のアレやコレ (No.5への返信 / 2階層) - たきゆき

ゆらり、と室内のランプの光が揺れた。
そのランプは安物で、室内に風が入ると空気の揺らぎで炎が震えるのだ。ハンターの時に使っていたカンテラならばそんなぞんざいな作りはしていないのに、と頭の中で思う。
「何の用?」
舌打ちしそうな気分で、音も立てずに入ってきた人物に問う。
視線は既に扉の前に立つ見覚えのない男に。
ここは敵地だ。
誰一人心を許すことなどできない。そんな状況で背を向けて研究を続けるわけにはいかない。
手元を覗き込まれて、ダミーの資料で重ねて隠された中和剤の研究を見られるわけには。
「……」
無言で男が歩み寄るのに警戒が深まる。
「だから、何の…」
いいかけて、険しい表情になる。
「あなた……だれ?」
見覚えがない、だけではない。この身のこなしと気配の消し方は玄人だ。ここにいる山賊崩れ共とは次元が違う。
男が後ろ手に持っていた何かをこちらに向けようとしたことで焦燥が深まる。
(やばい)
今はハンターではなく、研究者としてここにいる。
護身に使えるのは懐に隠し持ったナイフくらいだが、これでは太刀打ちできる気がしない。
すっと前に伸ばされる手に、緊張が高まる。
だが目の前に差し出されたのは。
「え?」
ふわりと湯気を立てるミルク。優しい香りは時間差で届く。
「……ポポミルクに、砂糖がティースプーン2杯、ブランデーが3杯がお好みでよろしかったですよね?」
「は?」
それは自分が夜に好んで飲んでいたものだ。
しかしそれを知っている人間は殆どいない。極々少数に限られる秘密のレシピ。
知っているのは長年付き添ったオトモと、眠れぬ夜にそっと作って差し出してくれた年下の副団長。
男が胸元からちらりと取り出して見せたものに息を呑む。
それはギルドナイトのみ与えられる身分証のようなもので。
「『双子の片割れからねーちゃんへ』だそうで。後、むちゃしぃの見張り頼むわ、とのご命令で」
命令ということは部下。
つまり。
「随分と手を打つのが早いこと。そして過保護ね」
苦笑が零れる。
ここは既にギルドナイトの監視下。薬を待たれているのだ。
「やっぱりばかね」
「隊長も貴女に言われたくはないかと」
「尤もだわ」
受け取ったコップのぬくもりに、誰かの手のぬくもりを思い出した。


[No.6] 2019/02/16(Sat) 03:00:13
Re: 潜入捜査のアレやコレ (No.6への返信 / 3階層) - たきゆき

 ごめん、託す。
 そう伝えて、と言って部下に渡された中和剤。
 それが、手元に届いた時には、山賊の頭が貴族に反抗しようとして薬をラ―ジャンに打ちこんで暴走させた後だった。
「くそが」
 思わず罵声が零れる。
 部下は救援を呼びに街へ戻した。
 中和剤も打ちこんだ。
 あとは。
「薬が効くまでに、タイムラグがある、ちゅう、ことやったな」
 自分の獲物であるライトボウガンを抱え、距離を取りながら間合いを図る。
 その目線の先で、暴走するラ―ジャンの咆哮が弾けた。
「っ!!」
 ぐらりと視界が揺れる。
「しまっ、」
「ってぁああああ!!!」
 思わずもれた言葉に、威勢の良い叫びが被った。
 ひらりと翻ったのは、見覚えのある。
 否、ありすぎる山吹色の腰布。
 それはハンターの装備としては有名すぎるユクモ装備で。
 元団長であり、幼馴染でもある、中和剤の作成者の彼女の定番装備だった。
 叫びと共に振り下ろされたハンマーは、飛びかかろうと接近してきていたラ―ジャンを強かに打ちつけた。
 想定外からの攻撃にラ―ジャンが距離を取る。
「レオくん! 大丈夫!?」
「ユキ! お前どうして!」
「どうしても何も」
 油断なくハンマーを構え、目線をラ―ジャンに固定したまま、応える。
「むしろ何で来ないって思うの」
「託す、て」
「私じゃ打ち込めないし、ハンマーやら諸々準備するのも時間が必要じゃない」
 会話しながら、Leoninoもまた体勢を整え、その横に並ぶ。
「疲れとんのやろ。黙って俺に任せぃ」
「お断りですー。自分のしでかしたことの後始末は自分でやるわよ」
「あれは、お前が悪いんや……あーもう、このアホウ」
 不敵に笑っているが、その目元の隈は消えていない。
 身体も幾分か細くなっているようにも見える。
 それを心配して、制止しようとしかけ、瞳に映ったぎらりとした光に諦める。
 言い出したら聞かないこの団長に、どれほど自分が振り回されてきたか。
 経験則が止めることは無理だと語っている。
 だから、苛立たしげに舌打ちすると、その気配を受けた滝雪が小さく笑った。
「それに」
 声がわずかに弾んだのに気付いて、眉根を寄せる。
「せっかく、久しぶりにレオくんと狩りに行けるチャンスだったしね!」
 笑う、明るい声に。
 目を瞬く。
 こんなタイミングで何を行ってるんだ、とか、そんな呑気なもんか、という言葉よりも先に、こいつらしいと思ってしまったから。
「ハハ! そーやな」
 自分の口元にも笑みが浮かんだ。
 ほんとうに、笑ってる場合なんかじゃない。
 はずなんだが。
「暫く、ハンター業から離れとったんやろ、もう鈍っとるんやない?」
「おっとー? 元団長さんを馬鹿にしてるな?? お? やるか?」
 じゃれ合う様に言葉を投げれば、軽快に返される。
 それでも二人とも視線はじりじりとこちらを見て、円を描くように闊歩するモンスターを注視。
「やるんやったら、アイツが先な」
「もちろん。射線入ったらごーめんね」
「ハイハイ」
「中和剤打ち込んで今どれくらい?」
「10分は経ったな」
「なら、あと10分ねばれば、動きが鈍る。はず」
「お前の見立ては信用しとる」
「わー、そこまで信用されるのもこわ」
「なんでや」
 昔、数日と空けず狩りに行っていた時の様に。
 気負わず、委縮せず、自然体で。
 どんな強いモンスターを前にしても取り乱さない。
 言葉は、表情は、常に一定の安定感を持って。
 それは積み重ねたルーティン。
「来るぞ!!」
「かかってらっしゃい!」
 引き絞られた弦を放つように飛び出したラ―ジャを迎え打つため、二人は地を蹴った。


[No.7] 2019/02/16(Sat) 03:00:52
Re: 潜入捜査のアレやコレ※流血表現有 (No.7への返信 / 4階層) - たきゆき

 ドシャリ、と地に倒れ伏す音があたりに響いた。
 そのままぴくりとも動かないラージャンを前に、ゆっくりとしゃがみ撃ちの姿勢から立ち上がる。
 警戒を解かぬまま、じりじりと近づき、その死亡を確認し、肺の奥底から吐き出すような吐息をついた。
「っはー……やっとか」
普段の狩りよりもずっと難易度の高い戦闘を終えて、肩から力が抜ける。
「ユキ、大丈夫か! 終わったみた……ユキッ!?」
 声を張りながら、共にこの強敵に立ち向かった相手の方を振り向いて、ぎょっとする。
 地面に落としたハンマーの柄にすがりつくようにして、へたり込んでいる。
 その顔は俯いており、表情が見えない。
 急いで駆け寄る途中で、血の匂いに気付く。
「っ! どこを怪我した!? おい、って」
 ひゅっと息を呑む。
 近づけば一目瞭然だった。柄が赤く濡れている。
「…はぁ……はぁ……レオ、く」
「手ぇ離せ!」
 叫ぶように言って、固まっている手に自身の手を添え、一本一本指を解いた。
 その手のひらは無残にも表皮がズリ剥けている。
 ハンマーという武器は、超重量で打撃の衝撃も来る、近接武器だ。
 それを握りしめる手のひらには相応の負担がかかる。
 ここしばらく研究に没頭し、普段からのトレーニングを出来ない状況にあった滝雪の手のひらには、耐えうることができなかったのだろう。
「……いてぇだろ。無理して」
「痛くは、ないの」
「やせ我慢すんな」
「違うの。本当に」
 こんな状態で痛くないはずがない。
 なのに、ゆるゆると首を振る彼女にざわりと心の内側を逆なでするような悪寒が過ぎった。
「ごめん」
「おい、ユキ」
「ほんと、ごめん。ごめんなさい」
「ユキ」
 重ねられる謝罪に嫌な予感が増大していく。
 声が厳しくなるのは止められなかった。
「お前!! 何した!?」
 耳元で叫ばれ、小さく肩を跳ねさせた彼女が、それでも顔をあげない。
 ただ、ずるりと力の抜けた体を預けてくるのを受け止める。
「あー……その、強走薬も何も、ドーピング系のが手に入ってなくてね。手も、きっとこうなると思って。それで、痛みで動けなくなったらまずいから、アレに打ったのを、極限まで薄めて、痛覚麻痺を、ね?」
 ざっと音を立てて血の気が引いたのが分かった。
 あのラージャンに打った薬。
 痛覚麻痺なら、中和剤、いや、強走薬の名前も出たドーピング効果を狙ったとなると、最初の暴走薬も使用したのか。
 開発者である以上、ある程度の症状や状況は想定できただろう。
 だけど。
「臨床実験、なんて」
 できるはずがない。
 そんな時間はなかったはずだ。
 問いかけと言うより、自身の淡い期待でしかない言葉に、首が横に振られて。
「だ、大丈夫なんか? 体調は」
「あー、だからその、ごめん」
「いいから、どうなのか言え!」
 顔色を見るために顎に手を掛けて顔を上げさせると、困ったような笑顔に出会う。
 やややつれた印象があるが、苦痛の色はない。
「眠い」
「眠い、て」
「痛みは、全然、なくて、ひたすら、ねむい。あと、さむい」
 どんどんと声から、覇気が薄れていく。
 疲れから限界が来て眠いだけなら、まだいい。
 でも、寒いとは。
「ユキ、しっかりせぇ!!」
「ごめん」
 とうとう閉じられた目にその体を揺すって起こそうするも、意識がどんどん遠ざかるのがわかって。
 あれだけの戦闘をした後とは思えない、冷えた体を温めるため大きな手のひらで撫でさする。
 それも対した効果はなさそうで。
「…………ごめ、」
 かすれた謝罪の声音に込められた意味を正確に理解して、足下の地面が崩れそうな恐怖を感じた。
 その一言を残し、完全に眠り込んだ。
 否、昏睡状態に入った彼女を抱えて、立ち上がる。
「ぃ、医者…早く、」
 その場に置き捨てた相棒たる武器をそのままに、地面を蹴る。
 医療知識のない自分にできることは少ない。
 別働隊で動いていた部下には医者も混ざっていた。
 とにかく、そこに。
 それ以外を考えないようにしながら、レオニノは駆け出すのだった。
 


[No.13] 2019/04/30(Tue) 01:27:56
Re: 潜入アレやコレ6 (No.13への返信 / 5階層) - たきゆき

 今、目の前には二枚の書類があった。
 一枚を手にして、目を通す。
 書かれていたのは、事の発端となる案件だった。
 滝雪の論文が、否、六花の論文が流出したのは何故だったのか。
 犯人は、六花が引きこもり、研究論文を作成する父親所有の屋敷の使用人だった。
 滝雪にとっても、数少ない年の近い知り合いで、研究室の清掃を頼める程度には親しかったのだろう。
 滝雪がハンターになり、家に帰る回数が減り、顔を合わせることが減った。
 だから知らなかった。
 そんな彼女の家族が病気に倒れていたなど。
 借金を返済しなくてもよい代わりに、研究論文を盗んでこいと脅されていたなど。
 これまで雇い入れ大事にしてくれた家と、家族。それらを秤にかけて、悩んで悩んで。
 そして、選んだ。
 ゴミ箱に捨てたものだったら、きっと研究発表がかぶることはないだろう。
 捨てたんだから、大した結果ではないだろう。きっとこれを持って行ったところで、失敗になるに違いない。だって、捨てたんだもの。
 そう自身に言い聞かせながら、持ち出して、結果起こったのが今回の騒動だった。
 このことは、ギルドナイトが調べ上げるより先に、滝雪本人が知るところとなり、その後始末として飛び出したというのが、独断行動の経緯だ。
 また、責めたのだろうか、という考えた過ぎって、奥歯を強く噛みしめた。
 『あの時』、崩壊のきっかけを見落として、気付かなかった。
 そのせいで後手に回ることになったことを後悔していた滝雪の姿が脳裏に浮かぶ。
『もっと早く気付いて入れば』
 小さく呟いた声を、覚えている。
 同じように、使用人の彼女のことに、もっと早く気付いていれば、と。
 いつもまっすぐ伸ばしている背中を丸めた、後ろ姿を幻視する。
 バサリと投げ捨てるようにして、目を通していた書類を机に投げ、もう一枚の書類を手に取った。
 それはカルテだった。
 書類の上部に聞き慣れない単語が記されている。
『過沈静』
 難しい医療用語が並んでいるが、要は沈静作用のある薬物が効きすぎた状態であるということらしい。
 幸いにも内臓の機能低下は見られず、数日中に意識の回復は見込まれるものの、それまでの体力低下と衰弱がネックとなり、いつ目覚めるとははっきりしない。
 患者の体力低下が著しかった場合は、そのまま目覚めなかったことも十分に考えられる。 ただ眠っているだけの現状は、いくらか衰えようとも基本はハンターとして頑強な肉体を保っていたが故の幸運であろう。
 そのようなことを記されたカルテの端から端までをきちんと読み、それもまた同様に机に投げて、大きくため息をつく。

 あの日から一週間。
 滝雪は未だに目を覚まさない。


 時刻は明け方近く。
 日が昇り、西の空が白々むまであと僅かという時間帯。
 音を立てないように静かに足を踏み入れた部屋からは、病院独特の消毒液の匂いがした。
 部屋の中央にあるベッドの上にはここ数日と全く変わらない光景。
 白いシーツに散らばる長い茶色の髪。
 掛け布団の外に出された入院衣に包まれた腕には点滴の管がつながり、指先は真っ白な包帯で厳重に包まれている。
 ベッド横に置かれた椅子を軽くひいてそこに腰掛け、その指先をゆっくりと包んだ。
 指先で感じるのは包帯の布の感覚と、その向こうからじわりと伝わるほのかな熱。
 数日前はその熱すらなかったのを思いだし、少し肩から力が抜けた。
 そのまま重力に従うように頭を垂れ俯き、 額をベッド柵に落とし、深く呼吸をする。
後始末で深夜まで仕事をしては仮眠明けに病室を覗く日々も今日で何日目か。
「……ユキ」
 目を閉じ、ぽつりとその名を呟く。
 と。
 ゆるり、と包帯に包まれた指先が曲がった。
「…………ぉ、く……」
「っ!?」
 掠れた囁きに、がばりと顔を起こした。
 ぼんやりと焦点の定まらない、黒い瞳が、それでも目を凝らすようにしてこちらを見ていた。
「ユキ! 目ぇ覚めたか!!」
「れ、お、くん」
「待っとれ! 今医者呼ぶ」
「だいじょぶ」
「っだいじょぶじゃなくて」
「へーき。ん゛ん!! 何日、寝てた?」
 言葉を重ねるごとに、言葉がはっきりし、焦点があっていく滝雪に、体調に緊急性がないと察し、浮かせかけた腰を下ろす。
「一週間だ」
「あっちゃ、ぁ……。今の体感から、して、一日とかじゃない、かなって思ったけど、思った、より」
 目線が厳しいものになるのは止められなかった。
「何を、暢気に」
「ごめん」
「許さん」
 憔悴の気配が漂う頬にへらりとした笑みを浮かべて謝罪した滝雪を一言で切って捨てる。
「……ごめん、ってば」
「許さん」
「レオくん」
 繰り返す謝罪をやはりはっきりと断わると、困ったように名前を呼ばれた。
「絶対に、許しちゃらん」
「……その、心配をかけたことに関してはそのぉ」
「お前が」
 目を泳がせながら何かを言おうとした滝雪の言葉を遮る。
「俺にお前を、看取らせようしたことなんぞ、許すワケがない」
「っつ!」
 ぎゅっと包帯越しの指を強く握った事で、未だ直りきらぬ傷が痛みうめき声を上げる。
 それでも手の力を抜くことなく、厳しい目で顔を覗きこんだ。
「看取らせる、つもりは」
「あーな、目ぇ覚ます算段はあったんだろうよ。ほんでも、あの瞬間」
 最後のまぶたを閉ざす直前のごめんの瞬間。
「ちっとでも、頭を過ぎった。違うか?」
 このままもし、目が覚めなかったら、自分の最後を見届けるのはレオニノになるのでは、と。
「…………あー」
 言葉が続かない。それが答えだ。
 開きかけた口を閉じて、しばし迷って、握られているのとは反対の手を伸ばす。
 緩慢な動きで伸ばされる手を、避けることなく受け入れられたレオニノの頬に添える。
「うん。ごめん」
「せやから、許さんち言うて」
「だって、来てくれるんだもの」
「はぁ?」
「一人で、やらなきゃって思ってたのに、来てくれるし。いてくれるし。最後まで、自分もやりたいじゃない」
 それはあの狩りに強引に参戦したことだろう。
「でもまぁ、最後ちょっと弱気になっちゃったのはごめん」
 罰が悪そうに眉を落として、慰めるように頬を撫でる。
「怖い思いさせて、傷つけてゴメンね」
 普段なら子供扱いするなと言って手を離させるのだが。
 深々とため息をついて、ぐっと身を乗り出して頬をすり寄せると、目の前の体がぎくりと強ばった。
「何や」
「い、いや、ほら嫌がるかなって思ったから」
 僅かに頬が赤くなって、目が泳ぎ始める滝雪に少し面白くなってきて。
「あーー傷ついた傷ついた。誰のせいやろな?」
「もー、ごめんってば」
 ぐりぐりと頭を寄せると、弱り切った顔になる。
 忙しなく目線が泳ぐのは、自分を意識し始めた証拠でもあるので、悪い気はしない。
「反省したか」
「しました!」
「じゃあ、当分ここに監禁な」
「……は!?」
 突然飛び出した不穏な単語にぎょっとして目を見開く。
「え!? 何それ!?」
あわあわと焦りながら上半身を起こそうとする肩を軽く押さえて動きを押さえ、声を改める。
「G級ハンター滝雪。今回の案件、ギルドへの報告なく独断行動を行った件について、危険人物と判断。ギルドナイトの権限にて、身柄を拘束させてもらう。外部への連絡も一切禁止だ」
「は!? え、待って、待って!?」
「待たない。黙って、ココで養生しぃや」
「え、えぇぇ…」
 にやりと悪い笑みを浮かべるレオニノを、未だ状況を把握しかねた、困惑の表情で見あげるのだった。


[No.14] 2019/05/15(Wed) 01:58:17
後日談のような感じ (No.14への返信 / 6階層) - たきゆき

「あのさぁ…」
 白を基調とした室内。
 窓は開け放たれた上で白いレースのカーテンが設置されており、時折風で揺れる。
 そんな景色を見ながらぽつりと声を漏らす。
「んー?」
 それに生返事をしながら、手の中のナイフをなめらかに滑らせた彼の手元からは、しゃりしゃりと断続的な音がしている。
「仮にもギルドナイトの頂に立つ人間が、こんなに暇なわけないよね?」
 呆れたような口調とジド目を、ベッドサイドの椅子に腰掛け、リンゴを向いている男に向ける。
「仮にもってどーゆー意味や」
 ちらりとも視線を向けずに、むき終わった一切れをぐいっと口元に突き出されてため息。
「だぁから、なんっでレオ君が私に付き添ってリンゴなんか剥いてんの!って言ってるの!」
 ずいっとレオニノに向けた滝雪の手は、添え木代わりの分厚い布きれごと指先までぐるぐる巻きにされている。
「お前のその手じゃ、リンゴも剥けんじゃろ」
「いやそれはそうだけど!」
「普段なら回復薬とかって手ェもあるんに、お前が変なモン飲んどるせいで使えんからしゃーない」
「う、うぐ……そ、それは、その、悪かったけど」
 どういう副作用が出るかもはっきり分からない薬を飲んだ上、昏睡状態におちいった滝雪は、現在その薬が抜けきるまで一切の薬剤を使用禁止状態であった。
 他の薬を使用することで化学反応がおきないとも限らない。
 故に、自分の本来の治癒能力に頼るしかない。
 ずる剥けになった手のひらの回復は、普段を思えば、亀の這うような速度でしか回復していかない。
 それらすべてが自業自得である以上、そこを突かれると目を泳がせて謝罪するしかない。
 だが、本題はそこではなく。
「それにお前は今、危険人物としてギルドナイトで監禁中やぞ。見張りくらい付くにきまっとる」
「だ、だからって、忙しいレオくんじゃなくても良くない?」
「お前は油断ならん」
「はあ?」
「人たらしだからな。下手な人選だと丸め込まれかねんやろ」
「しっつれいな!人を詐欺師みたいに」
「悪意がないだけ、余計手に追えん」
「えーー。大袈裟な」
「心配いらん。適切な人材が来るまでの繋ぎや」
「適切な人材ぃ」
 眉間に眉を寄せた滝雪に、いいから食えと言わんばかりに切ったリンゴをつき出す。
 レオニノの表情は穏やかでフラットだ。
 滝雪の苦情を気にした様子もない。
 わかっているからだ。本当は。
 滝雪だって、レオニノがここにいるのは、必要性にかられたからだと。私情が全くないとは言えないし、かこつけてる部分もあろうが、それだけではない。
 だからこの会話はただのじゃれ合いに過ぎない。
 理解しているからこそ。
 仕方ないなぁと言わんばかりの表情でがぶりと噛みついた滝雪の眉間からは速攻で皺が消える。
「ん。美味しい!」
「やろ?」
 口のなかに広がる果汁の瑞々しさに、歓声をあげて微笑み、穏やかな時間を楽しんでいると、どこかから廊下を駆ける音が響いた。
「ん?」
「……来たな」
 もぐもぐしながら目で問う滝雪に応えることなく独白して素早くリンゴを皿に下ろして立ち上がる。
 と同時に、バアン!!と激しい音を立ててドアが跳ね開けられた。
「姐さん!?!」
 飛び込んできたのは赤髪の女性ハンターだった。
「ヴェレ!」
 その姿を見た瞬間、嬉しげにトーンをあげた滝雪とは裏腹に、ハンター、ヴェレッタはもどかしげに声を荒げる。
「怪我して倒れて、入院中って何事! おまけに身柄拘束って!」
 心配そうに顔を曇らせて駆け寄り、急いでベッドの上の姿を目で検分する。
「手、どうしたの? もう、また一人で無茶したんでしょ!!」
「あっ。いやいや大したことないから」
「自作の効能不明な薬で痛み消して、ハンマー握って大暴れして、手の平の皮膚ほぼ全部剥けたんだよな」
「ちょ、レオくん!」
「おまけにそのまま昏倒して、昏睡状態」
「レオ君、しーっしーっ」
 明らかに、「やばい!」という顔をした滝雪の横で重ねられた暴露に、その表情が悲しげに曇っていく。
「い、いやあのね? 本当にもう大丈夫だから! 色々あったトラブルはかなり序盤でレオくん来てくれたし! 怪我はね、その久しぶりの狩りではしゃいじゃった結果っていうか。その……えと、ご、ごめんね?」
「ねぇさぁん?」
「ひえ」
 心配と怒りとを混ぜ混んだ表情に、あわあわと手を意味もなくばたつかせながら謝罪を重ねる。
「うん。やっぱり、適任やな」
 うんうんと頷きながら言うレオニノに、滝雪は恨めしげな眼差しを、ヴェレッタは訝しげな眼差しを向ける。
「適任って」
「やから、コイツの見張り」
「見張り?」
「まぁ、任務やな。コイツが他の誰かと接触せんように見張れ」
「接触ってむぐっ」
 ベッドサイドのテーブルにリンゴののった皿を置きながらの言葉に、思わず反論しようとした滝雪の口に、リンゴの一欠けをぐいっとねじ込んで言葉を封じる。
「ギルドナイトに、いや、俺に不利益がないようにするため、元凶になった盗人を庇うため、自分一人で責任を背負おうと画策しかねんコイツを見張れ。一切他者との接触を許すな」
 厳しく強い口調で言いながら、ヴェレッタを見つめる。
 その目を受けてヴェレッタはこくりと頷いた。
「了解」
「じゃ、ここは頼んだ。ユキ、大人しぃしとけよー」
 恨めしげな顔のままの滝雪にもしっかりと釘を刺してから、レオニノが部屋を後にする。
 ぱたんとドアが閉まるのと、口に放り込まれたリンゴを食べ終わるのがほぼ同時。
 落ちた沈黙に、ハハ、と乾いた笑いが漏れた。
「ばれてーら」
「ばれないと思う方が嘘でしょ」
 呆れかえった声に、へにゃりと笑う滝雪の横、レオニノが先ほどまで座っていた椅子に座る。
「姐さんさ」
 ひょいっとその顔を覗き込んで、その琥珀のような瞳が真摯な光を宿す。
「あの頃と変わらず、私達のこと好き?」
「勿論よ。何を言うの。当たり前じゃない」
 その問いに驚いたように目を瞬き、憮然と返すのを受けて、頷く。
「うん。私も変わらず姐さんが大好き。だからさ、姐さんが私達を守りたいって思ってくれるように、私達も守りたいって思うの。前みたいに一緒にいれないから、前よりもずっと」
 姐さんもそう? と問われて、ゆっくりと苦笑した。
 そうだと答えるように頷きながらも、両手を伸ばして、その頬を包む。
 指先は白い包帯に包まれているし、固定具のせいで感覚は伝わらない。だから顔を引き寄せて、こつんと互いの額を触れあわせた。
 はっきりと自分の心情を直球で伝えてくる。ヴェレッタのそういうところに弱いのは今も昔も変わらないのを思い知る。
「いつの間にそんな殺し文句を言うようになったのかしら」
「姐さんの影響じゃない?」
「えーー。嘘だーー」
「姐さん自覚ないんだもん」
 至近距離で笑い合いながら、甘えるようにハグするのを受け入れる。
「仕方ない。諦めて大人しくしとこうかな」
「やったね!」
「せっかく久しぶりに会ったんだし、最近のヴェレについてお話聞きたいなぁ?」
「姐さんの話もね!」
 仕方ない、肩を落として見せてから、愛おしげな眼差しでヴェレッタに微笑む滝雪に、ヴェレッタも屈託ない笑みを返す。
 身柄拘束という不穏極まりない単語で作られた庇護の檻にて、当分行動を制限されることが決定しながらも、滝雪は幸せそうに笑うのだった。


[No.23] 2019/07/26(Fri) 01:37:24
以下のフォームから投稿済みの記事の編集・削除が行えます


- HOME - お知らせ(3/8) - 新着記事 - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - 環境設定 -

Rocket Board Type-T (Free) Rocket BBS