ベートーベンの録音など長い指揮活動なのでたくさん残されているのではと思ったが、 意外や意外、最近になってやっとCDが発売され出したようなのだ。 ライナーを見ると、すでに過去ベートーベン交響曲全集も録音したそうなのであるが、 芸術的良心から発売を見送っている。つまり自分で気に入らなかったということ。 それが、チェコフィルとの録音で、やっと出始めた。満を持してという感じ。
先日、小林研一郎指揮の東京交響楽団の演奏会を聴いて、この指揮者が気に入った。 「炎のマエストロ」とか言うキャッチフレーズが有名なのだが、炎とは感じなかった。 むしろ、情け深く精細な指揮者というイメージを持った。 ワンマンという感じは全く無くて、オーケストラの演奏者を際立たせる指揮のように 感じたのだ。東京交響楽団から、こんなに素晴らしい音が出るなんて想定外だった。 東京交響楽団には客演であったことも一因かと、あの日は思った。
どんな風なベートーベンの演奏なのだろうと思ったが、極めて自然なものだった。 しかし、どういう魔法なのか、音が芳醇で、味わいが濃く、とても美しい。 華麗ではないが、こんなに豊かな響きのベートーベンは聴いたことがない。 なにか、普通の演奏を聴くよりもとても得をした気分になった。 こっちがSACDで聴きたいと思っている音の期待に十二分に応えるかのようである。
ベートーベンというとどこか水墨画のようなモノトーンに聞こえるのが普通である。 決して心地よい響きにはならない。そういうものだと思っていた。 聴覚を失った作曲家が脳内で作ったのだからガチガチの精神世界になってくるような そういう音楽だという概念を抱いていた。 それがどうだろう。こんなにハーモニーが素敵で、響きが豊潤で、愉悦感があるのだ。 器楽の演奏って楽しいな。合奏っていいな。そういう音楽本来の歓びがここにある。
「英雄」だの「運命」なんてタイトルはどうでも良くなってくる。 SACDだから良いのか、録音の腕が良いのか、オーケストラが凄いのか。 そういうことを忘れてしまう。アンサンブルがどうのなんて、どうでも良い。美音だ。 こんな風にベートーベンのシンフォニーが鳴る。これは小林研一郎の魔術なのかなあ。
ベートーベンの交響曲はヴァントと北ドイツ交響楽団のSACD全集で満腹だった。 あれ以上の技術やら工夫は邪道だと思っていた。 「運命」の第4楽章は、そちらが凄い。トロンボーン隊がちゃんと聴こえる。 世界で初めて交響曲にトロンボーンが登場したのに、それが聴こえる録音は殆ど無い。 何故かというと、縁の下の力持ち的に鳴らすのが習慣だからであろう。 ヴァントさんは田舎の爺さんだから、他の人の演奏なんか聴いたことがないらしい。 それで楽譜通りの演奏でありながら、ユニークな出来映えになっていて素晴らしい。
しかし、21世紀のベートーベン録音はこっちだろう。 解釈が新しいというような意味じゃなくて、精緻なデジタル録音の恩恵がここにある。 もう、古臭い名人芸はいらない。恐らく、この演奏が現時点の世界最高レベルと思う。 コバケンさんの人気や、CDの売れ行きは知らないが、これ、凄いと思うよ。 チェコフィルの音って、とてもチャーミング。これも好きになっちゃいそう。
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No.236 - 2011/05/30(Mon) 23:39:50
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