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見捨てられて / 異邦人
災害のゴミ集積場にトラックの引き上げられた荷台からマネキンが滑り落ちてゆく 私は会社の中で浮いていた 重さを失ったマネキンの体は押し曲げられ足と頭が逆さになった 私のやったことは会社によかれと思ってしたことだ 掃除機が無意味に起立している 足の折れた椅子がタンスに寄掛かっていた 社会は私の味方になるはずだった
 畳が泥をかぶってあおむけに腹を見せていた 年取った私に振り向く者はいなかった ブルーシートが遺体を隠すようにかけられた
 人影がなくなった 夕闇に蝉が鳴いている 喪服を着た夜がやってきた 

No.2449 - 2025/08/09(Sat) 22:38:05

Re: 見捨てられて / 齋藤純二
私はこれだけやってきたのに、と会社や社会を恨む気持ちを
ゴミ化されたモノとして表現しているのがとてもインパクトありますね。
そこから会社、社会の厳しいというか無情さが良く伝わってきました。

No.2450 - 2025/08/10(Sun) 00:10:41
寺の庭 / 異邦人
   山寺に伸びる長い階段に人影はなかった
   姿の見えない鐘の音が山をいっそう高く空に近づけている
   蝶が階段をあがっていった
   雲から月が現れた
   風が吹いて階段を抱いていた樹木が手をひろげている
   鳥が飛び立つ音がした
   夜おそく破戒僧が階段を下りて行った
   蝶が闇の中を飛んでいる
   ひんやりした朝
   寺門に 花一輪
   身を縮めて うずくまっていた

No.2444 - 2025/08/09(Sat) 02:12:09

Re: 寺の庭 / 荻座利守
山寺の門前の情景が美しく描かれていますね。
特に鐘の音や樹木についての表現が巧みだと感じました。
夜おそく破戒僧は、階段を下りてどこへ行ったのでしょう。闇の中を飛んでいる蝶が何かを暗示しているようにも思えます。
そしてその後の、花一輪の表現も美しいですね。
どこか幻想的な感じのする作品です。

No.2448 - 2025/08/09(Sat) 20:59:21
白沙の記憶 / ゆづは
さらさらと
脆く崩れ去る沙を
掬うことも出来ず
私はただ見ているだけでした

さらさらと 
空から降ってきた別れ
あの人の乾いた言葉は
果てしなき沙丘になり
熱風が吹きつけては
目眩のするような 
うねる波紋を描いてゆきました

さらさら さようなら
私の涸れた瞳から溢れ出す沙
硝子の沙音が この胸に
美しい痛みを刻みました

No.2443 - 2025/08/08(Fri) 22:53:40

Re: 白沙の記憶 / 荻座利守
末尾にあるように「美しい痛み」を描いた詩ですね。
「さらさら」という言葉がこの詩の核となっていると感じました。
この軽やかに流れる感じや、湿り気のない乾いた感じを表す言葉が、心の痛みの表現に用いられているところが秀逸だと思います。
特に、「さらさら さようなら/私の涸れた瞳から溢れ出す沙」という表現が美しいと感じました。
また、「白沙の記憶」というタイトルもいいですね。

No.2446 - 2025/08/09(Sat) 14:54:48

Re: 白沙の記憶 / ゆづは
荻座利守様

こんにちは。はじめまして。よろしくお願いいたします。
拙作へのご感想をいただきまして、うれしいお言葉をどうもありがとうございました。
このようなご評価をいただけるのは、この上ない喜びです。

No.2447 - 2025/08/09(Sat) 17:21:39
(No Subject) / 拒否柴
猫好きなら知っている

野良猫は三年の命

家猫は何十年も

うちの猫は

柴犬と同じ皿で同じ時間に

ご飯を食べてたんよ

交通事故で死んだ柴犬も多いんよ

No.2435 - 2025/08/08(Fri) 06:14:45

Re: / 齋藤純二
犬と猫は仲がよかった感じですね。
山之内貘の「ねずみ」という詩を思い出しながら
こちらの作品を拝読いたしました。

No.2437 - 2025/08/08(Fri) 09:04:22

Re: / 拒否柴
返信ありがとうございました<m(__)m>

梅崎春生さんの「猫の話」は、昭和23年(1948年)9月号の『文芸』

は後出しでしょうか?

No.2438 - 2025/08/08(Fri) 10:29:58

Re: / 拒否柴
生存実体には自然の元素以外に

生き物の友愛と憎しみが含まれている(アリストテレス)

No.2439 - 2025/08/08(Fri) 10:52:18

Re: / 拒否柴
楽になったという話
山之口貘さん

僕をモデルにした小説が、佐藤春夫氏の「放浪三昧」なのである。その中には、次のような僕の詩が登場している。

(@_@) 本当ですか?

No.2440 - 2025/08/08(Fri) 11:04:20

Re: / 齋藤純二
ごめんなさい、わかりません。
No.2441 - 2025/08/08(Fri) 11:40:58

Re: / 拒否柴
頭の小さな人には

これ以上の情報は中也さまの二の舞を踏むかもしれません<m(__)m>

No.2442 - 2025/08/08(Fri) 12:59:18
未熟、矛盾、確かな喪失。 / まようねこ
零れることのない涙が、
頭の奥の哀しみを
夜空で蒸している、

どうか、
あなたの声が
私の心に容赦なく刺さって、
ずっと、ずっと!
憎んでいて欲しい、と思う。

あなたによって
夢は解かれて、
私は呪われて、
眠れないでいて!

裏切らないで、嘘を吐かないで、
私が全部の悪役だってこと、
一生かけても、証明してみせて。
私が、誰も幸せにできない存在でいられるように。

No.2433 - 2025/08/07(Thu) 19:58:52

Re: 未熟、矛盾、確かな喪失。 / 荻座利守
第一印象としては、どこか自虐的な感じもする作品だと思いました。
でも、タイトルから観て、自分の未熟さや、それによる苦しみをバネに、さらに伸びてゆこうとする強い意志を、行間に感じました。
冒頭、1連目の表現が独特で秀逸ですね、そして3連目もいいと思います。どちらも自らの内に燻る苦悩を、とても上手く、読み手の想像力を誘うように描かれています。
また書いてみてください。期待しています。

No.2434 - 2025/08/08(Fri) 05:46:26
「長崎の楠」 / 万年 草
その木は
今でもそこに立っている
そこに立って
人間の繰り返してはならない
大きな過ちを
無言で語っている

あの
地獄の業火にも耐え
生き残ったのには
絶対的に大きな意味が
あったに違いない

あぁ
長崎の楠よ
貴方は老いてなお
そこに息づいて
その命の続く限りに
訴え続ける

「繰り返しては
 なりませんぞ」と

業火に受けた傷跡も
そのままに
貴方は生きる
平和のために
貴方は生きる
命のために

No.2432 - 2025/08/07(Thu) 15:15:57

Re: 「長崎の楠」 / 荻座利守
長崎の山王神社の境内入口にある楠のことですね。
原爆により一時は枯死寸前になりながらも、その後、奇跡的に復活した楠。長崎の復興と平和のシンボルですね。
この詩の最終連に、その精神が美しく表現されていると感じました。

No.2436 - 2025/08/08(Fri) 07:33:33

Re: 「長崎の楠」 / 万年 草
荻座様、
ご感想ありがとうございます。
そうです、先日テレビで拝見いたしました。
広島の青桐もそうですが、奇跡的に残って、
戦争の悲惨を伝えているのですね。

No.2445 - 2025/08/09(Sat) 09:38:22
「楽になって」 / 万年 草
もうここらへんで
自分を許してあげて

楽なったら
いいじゃないか

自分は十分
がんばった

誰がなんと
言おうと
いいじゃないか

それでいい
それがいい

No.2429 - 2025/08/06(Wed) 14:26:31

Re: 「楽になって」 / 荻座利守
自分を許すのは、意外と難しいですよね。
許したつもりでも、心のどこかでまだ許せていない自分がいたりすることもあります。
そんなとき、今の自分、ありのままの自分を受け入れてくれる声が、欲しくなるものです。
そんな声を表したような詩ですね。

No.2430 - 2025/08/06(Wed) 19:17:28

Re: 「楽になって」 / 万年 草
荻座様、
ごかんそうありがとうございます。
そうですね、自分を許すって、
なかなかできないですね。
だからこそ、こんな詩を書いてみました。

No.2431 - 2025/08/07(Thu) 15:07:32
#うちら妄想組 / まようねこ
他愛ない会話が、
半透明の絆が、
大切な私たちが、
映る窓。
狭い世界の、雪。

それぞれ夢に溶けた涙の味。
何度も、何度も。

私たちだけで、『理解』。

曖昧なままで、
触れ合うことすら、できない関係。
もどかしい手を。

ばいばい、(またね。)
非日常を思い出に、

まだ、それはだめだ。

信じているよ、諦めてなんかないよ?
あの頃の雪は、いつの間にか。
あるのかもわからずに、見つけてくれるのを、
待たなきゃ、待たなきゃ、、。誓いを、立てて。

No.2425 - 2025/08/05(Tue) 20:02:16

Re: #うちら妄想組 / 荻座利守
瑞々しい感覚で描かれた詩ですね。
「半透明の絆」や「狭い世界の、雪」といった表現が光っています。
この「狭い世界の、雪」とは何を表しているのでしょう。友達との関係の中にある、すぐに溶けてしまう儚くも美しい何か、のようなものでしょうか。
「あの頃の雪は、いつの間にか。/あるのかもわからずに、見つけてくれるのを、/待たなきゃ、待たなきゃ、、。」というところは、失われたように見えてもまだどこかに存在していて、それは再び自然と現れてくる、ということでしょうか。
読む人により様々な受け取り方ができそうな詩で、それ故の美しさがあると思いました。

No.2426 - 2025/08/06(Wed) 08:52:51
世界は広い / ひまわりのため
神様がどんな人か

信じられるか信じられないか

そんなことよりも

狭き門を目指して

神様に愛される義人になりたい

駅でピアノのまわりでハレルヤを歌う

未だに義人はいて

丸焼きにされる人ばかりとは限らない

No.2424 - 2025/08/05(Tue) 11:46:26

Re: 世界は広い / 齋藤純二
世の中には自分の模範となる人がいて、
道を照らしてくれるんだな、
なんて思いながら拝読いたしました。

No.2427 - 2025/08/06(Wed) 09:08:28

Re: 世界は広い / ひまわりのため
返信有難うございます。

どの師を選ぶかで人生大違い<m(__)m>

No.2428 - 2025/08/06(Wed) 09:27:05
神影 / 積
果たせる哉、例へば闇夜が神の影とするならば、
それは成程、∞を呑み込む様相といっていいのかもしれぬ。
何故に神に∞が纏はるのかは、人間の知が∞を前にすると、
屈服するしかなく、
それでも人間は∞に立ち向かふのであるが、
馬鹿らしい、
人間の知の限界がまた∞を前にすると俄かに露はになるのだ。

∞を表象しようとじたばたした人間の五蘊場には
既に知恵熱で破綻しさうな堂堂巡りに没入し、
そのあっぷあっぷしてゐる中で、
人間が仮に∞の尻尾に捕まる事が出来たなら、
それは儲けものに違ひない。

その闇夜を例へば神影と名付けるならば、
神影は絶えず人間の傍に潜伏してゐて、
気付かぬのは人間のみなのだ。

例へば夜行性の動物はそれだけ神に近しいものに違ひなく
闇の中で、つまり、神影の中で自在に動けるそれらのものは
多分、人間以上に神を知ってゐる筈なのだ。
獣が毛に蔽はれてゐるのは、
毛が神に近づく姿の基本で、
体毛を極極僅かにしか軀に留めぬ人間が
此の世で一番神から遠い存在なのは間違ひない。

それ故に人間は宗教に毒され、また、狂信的にそれを信じなければ、
一時も安寧を得られぬやうに創られてしまってゐるのだ。

そして、宗教から此の世で一番遠い存在の人間は
狂信的に宗教に煽られて、
同類で殺し合ひをその人類史と同じ長さで続けてゐるのだ。

それならば、闇を信仰の対象にすればいいのであるが、
既に人間は闇を信仰の対象としてゐて、
然しながら、それは光あっての闇でしかないのだ。
しかし、それは偏向した神に対する接し方で、
闇そのものが主神である宗教体系が作られなければ、
人間が神に近づくなど烏滸(をこ)がましいと言ふものだ。

その時、お前は作麼生(そもさん)と言ひ放ったので、
俺は思はず説破と応じた。

――何故に人間は闇を畏怖したのか。
――畏れ多いからです。つまり、人間も闇が神でしかないと言ふ事を本能的に知ってゐて、それ故に神を疎んじたのです。何故かと言ふに、神は戦好きと来てゐるから手に負へぬのです。そんな物騒なものは早く消したく、人間は火を使ひ、さうして神たる闇を遠ざけたのです。
――ならば、もう一度闇に対する信心を復活させればいいのではないのか。
――いや、人間は一度光を制御できる術を知ってしまったならば、闇なんぞに構ってゐられぬのです。光の下、人間活動は続けられ、さうして人間は更に神から遠くなるのです。神から遠くなる事が、つまり、人間らしいと言ふ皮肉に気付かぬまま、光を神と信ずる錯覚の中で、一生を終へたいのです。

No.2422 - 2025/08/03(Sun) 12:23:17

Re: 神影 / 荻座利守
光ではなく闇を神とする見方が、一般的な宗教の考え方と逆をいっていて面白いと思いました。
また、夜行性の動物が神に近く、人間のほうが神から遠いが故に、人間は宗教を必要としているというのが、どこかアイロニカルで良いですね。
そして、一度光を制御できる術を知ってしまい傲慢となった人間は、闇に恐れを覚えても、畏れをいだかなくなった、そんなふうに受け取りました。

No.2423 - 2025/08/04(Mon) 07:05:34
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