老中の武家屋敷があった。私はボロを纏って、そこへ 入り込んでいた。自分でも悪臭を放っているのがわかった。 また、自分でもない者が私の腹から空腹の音をあげていた。 お庭をお借りしたい。 玄関へ出てきた者は顔をそむけていた。 主人は不在ゆえ、お帰り下さい。 私は、構わず庭へ、黙って座り込むと、前に短刀を置いた。ボロから慣れた手つきで腹を見せ、 短刀を抜いた。家の者は見逃さなかった。短刀が光をはね返さないことを。 存分になさるがよい。 私は、構わずニセの竹光で何度も何度も腹を突く真似をした。しらけた空気が漂っていくのを感じた。切腹して果てたように地面に頬をぶつけた。私の体から、また空腹の声が上がった。庭にいた者は誰も、いなくなっていた。仕方なく、起き上がろうとすると、うしろから前に真剣の短刀を置く者がいた。
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No.1586 - 2024/11/02(Sat) 03:48:56
| ☆ Re: 切腹 / 荻座利守 | | | 一見すると、生きてゆくための「ずるさ」の様子をシニカルに描いているように思えますが、その裏に、疎外感に苛まれている人の心理的な葛藤や苦悩、そしてそれに対する周囲の無理解が示されているようにも感じられます。
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No.1592 - 2024/11/02(Sat) 13:41:03 |
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