このまえ、めちゃくちゃイケてる青春時代を送っていた人と出会った
勉強もできて、スポーツもできて、恋愛も謳歌していたらしい
服もオシャレで、いわゆる爽やか系イケメンという感じだった
ただ、社会人になってからは仕事面でいろいろあったらしく、うつ病を発症して、今はほぼニート状態で実家で暮らしているとのこと
話を聞いていて、
「こういう人でもなるのか」
「全然そんなふうには見えない」
「どうしてそうなる」
という反応しか出てこなかった
また、今は恋愛からも遠ざかっていて、学生時代の友達たちとの連絡も途絶えているみたいで、まるでまったく別人の人生を見ている気分だった
どうしてこの人はこんなに高低差の激しすぎる人生を送ってきたんだろう
ただいるだけで自然と周りに人がたくさん寄ってきそうなのに、なんで今は独身で無職の状態でいるんだろう
頭の中が疑問符で埋め尽くされる
学生時代目立たなかった人が、大人になってからは垢抜けて仕事もプライベートも満喫しているというのはよくあることだけど、逆はほとんどないだろうと勝手に思っていた
だって、モラトリアム期間中に社会人として必要な能力である学力・体力・忍耐力・コミュ力・政治力が十分に育まれた人は、社会人特有の挫折や失敗には挫けないはずだから
「人を見た目で判断するな」という正論があるが、並の人間は他人の内面をすべて見れるほどの余裕を持ってないから、どうしても外見や第一印象で他人を値踏みしがちだ
一方で、あまりにも外見と内面が乖離しすぎていると、その人が霧の彼方に消えていくような感覚に襲われる
世の中の出来事や人の人生は、理屈や一般論では説明できないような何か巨大な力が動いているのかもしれない
大人になると、学生時代は話せなかったり出会えなかった人とも繋がりができる
その中で、「人は見かけによらぬもの」を体現したような人と出会うと、自分の中の価値観やアイデンティティが強く揺り動かされる
予想通りと予想外の狭間で、自分という存在が何なのか答えられずにいる
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No.2938 - 2025/12/04(Thu) 22:27:25
| ☆ Re: 人は見かけによらぬもの / 荻座利守 | | | 人が将来どうなるか、他人の中にどのような側面があるのか、それがわかる人はなかなかいないようにも思います。 それがわからないから、人と人との出逢いには、何か偶然を超えた大きな力が働いているように思えるときがあるのでしょう。 その出逢いによって、自分のアイデンティティが構築されてゆくならば、そこに自分という存在の不思議さを感じるのかもしれません。
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No.2943 - 2025/12/05(Fri) 19:29:55 |
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