アフロディテを夢想して 自らの死を歌う男がいた 美しい声を持つ吟遊詩人だった
その二つとない声で唄い 岬にて嵐を呼ぶ 海は暗くゆらいで たちまち暗雲が空に満ちていった
「死の先に、美と一体化する夢」 狂気の気配は男の心身を蝕んでいった 冷たい雨風に幾日もさらされ 男はついに病にたおれた
得体の知れない悪夢が襲う 悪寒と夢幻のなかで男は呟いた
「永遠の美しさの象徴 深淵の彼方より生まれしアフロディテ様 どうか連れて行ってください あなたの創りたもうた世界へ」
アフロディテと呼ばれた異形はどこからともなく 黒装束に鎌を持ち現れた それは美しい女神の姿ではなく ある飢えた農夫のような 妖しげに宙に浮かぶ男の白骨だった アフロディテは死神の姿をしていた
「我こそがアフロディテである」
「長い嵐の中で あなたを夢見た あなたへの愛は 一刻さえも永遠に変えるでしょう 美の楽園でわたしはあなたに跪きます わたしがわたしでなくなるまで」
「それは叶わぬ。 嵐を呼んだのはお前なのだから。」
「わが生涯の記憶は死を以て 肉体と共に滅びるのです わたしはただ一度でも 美しい世界が見たかった 世界を美しいと感じたかった わたしの祈りを死の先にどうか 憐れんでください」
「何も滅びぬ。元に還るだけだ。 醜い魂には醜い生涯が宿る。 地獄にこそ存在する真実は お前の魂をいつまでも 優しく慈しんでくれるだろう。」
「ああ、この上なく美しいアフロディテ様 完成された美のイデアよ あなたに触れることは 死を超えてさえも叶わないのですか」
「死を超えることはできない」
「せめて仮の御姿でも 今お見せください 忘れえぬほどの情念で この肉体の呪いを解いて 悦びの飛翔をください」
アフロディテはいつものように 鎌を振り下ろした
男はなんと 望み通り、魂だけ死んでしまった
|
No.1598 - 2024/11/03(Sun) 00:13:41
| ☆ Re: 憑依、あるいは破滅 / 齋藤純二  | | | 肉体の呪いを解くことは魂だけが死ぬことだったんですね。 男は美の憧れみたいなものを感じていたのかな、 と思いながら拝読させていただきました。
|
No.1611 - 2024/11/03(Sun) 12:43:07 |
| ☆ Re: 憑依、あるいは破滅 / TA | | | ご感想ありがとうございます。 夢想家の生涯のようなものを想像しました。
|
No.1612 - 2024/11/03(Sun) 23:18:11 |
|