・今、ニーチェからヘーゲルを読んでいる、ネット古書店、古ければ安く手に入れれる時代だ。
・西洋哲学を読もうが、心の乾きは癒されない、何故なら私は孟子からこの世界に入ったからだ。
・東洋思想、儒学が私の根っ子にある、孟子を素読しない日などあり得ない。
・勿論、孟子は論語に敵わない、白文、書き下し文から三回、意訳しても私は理解していない。
・孟子から見た論語、これが私の世界だ、確かにニーチェは衝撃的である、しかし全ではない。
・要は思いの強さである、ウィトゲンシュタインの論考や、日本の歎異抄、神がかっている。
・神ではない、人間の究極のところの、生きる、或いは世界をどう捉えるか、見事に述べている。
・私は、無宗教とい宗教者である、神著に感動は得るが、信仰心は結局は得れない。
・しかし柳宗悦に名著、岩波文庫、南無阿弥陀仏に宗教の極限とは何かを感じるのだ。
・もはや信じる必要すらない、全他力の世界とは、ニーチェに共通項を見出す。
・神は必然的に死なねばならない、何故ならば、私たちは神ではない、その気付きが求められる。
・次に柳宗悦はいうのだ、信心は無関係である、何故なら確固たる阿彌陀仏は、常に存在すると。
・哲学、思想、宗教は、先祖を一つとする兄弟関係に思えてならない、世界と存在を述べている。
・何処に着地点を求めるかが、全てを分つ、言い換えれば、私が思う世界が実存である。
・つまるところ、人間であることを認める、それ自体が眼目であり、世界は一つの私なのだ。
・これは儒学の述べる、孔夫子の思い、仁徳が、今も世界を包みこんでいる、と均しい。
・要は、全ての哲学・思想・宗教とは、人間を述べている、私たちがこの世界そのものである。
#自由詩 20250502
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No.2118 - 2025/05/03(Sat) 01:09:31
| ☆ Re: 『私たち、そのものとは何か』 / 齋藤純二  | | | 自分の正しい哲学や思想を模索するように書を読み 構築された考察からそれぞれ独自の道を切り開く、 無宗教の多い日本人的な個の宗教が 見えるような作品で読み応えがありました。
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No.2121 - 2025/05/03(Sat) 19:06:01 |
| ☆ Re: 『私たち、そのものとは何か』 / 荻座利守 | | | 私は西洋哲学も東洋思想もきちんと勉強したことがないので、詳しいことはよくわからないのですが、この作品からは、信仰も無宗教の姿勢も、突き詰めれば、互いに無限に接近したところに到達するのではないか、という印象を受けました。(無論、安易な断定はできませんが。) そして末尾の「私たちがこの世界そのものである。」というところからは、そうであるが故に、世界は自己超越の可能性を持っている、といったようなことを連想しました。 なかなか深い詩ですね。
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No.2122 - 2025/05/03(Sat) 20:33:30 |
| ☆ Re: 『私たち、そのものとは何か』 / aristotles200  | | | 齋藤純二様 ご感想、ありがとうございます。 ご指摘通り、この歳(54歳)になっても、自分の納得出来る哲学、思想を模索する日々です。
若い頃は、本は読むだけで終わっていましたが、最近、自分はどう思うか、社会や周りの意見に左右されない、自分の世界をどう構築していくかが、少し、見えてきた気がします。 その表現方法として詩に取り組んでいます。 来週、また投稿しようと思います。
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No.2123 - 2025/05/03(Sat) 20:39:45 |
| ☆ Re: 『私たち、そのものとは何か』 / aristotles200  | | | 荻座利守様 ご感想、ありがとうございます。 失礼ですが、流石はプロの方だと感嘆しました。
この詩の主題は、ご指摘の通り、 「世界は自己超越の可能性を持っている」です。
世界はそれぞれの「私」が創るものであり、与えられた、通念的な世界、そのものに対する「私の抱く疑問」を読者様と共有化すること、がこの詩の狙いです。
そこまで深読みして抱けるとは、びっくりしています。 ありがとうございます。嬉しいです。
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No.2124 - 2025/05/03(Sat) 22:10:23 |
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