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記事No.5に関するスレッドです
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マクグラス著『キリスト教神学入門』より アンセルムスのまとめ1
/ 中川
♂
[関東]
引用
どうして悪魔が罪に落ちた人類に対して、何らかの権利などというものを持てるのか、アンセルムスには理解できませんでした。
せいぜい悪魔には人類に対する事実上の権力を持つことが許されたということしか言えない。
それを法的な権威として考えることができないとアンセルムスは考えたのでした。
「アンセルムスの強調点はひとえに神の義に向けられている。神が人間を贖うとき、その方法は神の義の性質と全面的に一致していなければならない。」
そこで、アンセルムスは『何故に神は人間となり給いしか』(Cur Deus homo)において、「受肉の必然性とイエス・キリストの死と復活が持つ救済能力とを証明」しています。
マクグラスが『キリスト教神学入門』でまとめた受肉の必然性とイエス・キリストの死と復活が持つ救済能力の証明は以下の通りです(P.572-573)。
1、神は人類を原義の状態に創造した。その目的は人類を永遠の祝福の状態に与らせることであった。
2、その永遠の祝福の状態は、人間の神への従順に依存している。しかしながら罪によって人類はこの必要な従順を達成できない。これは元来、神が人類を創造したときの目的を挫折させるように見える。
3、神の目的が挫折されられることはあり得ないので、この状況への対策がなければんらない。しかしながら、この状況への対策は罪の贖いがなされることしかない。言い換えれば、人間の罪によって引き起こされた違反が取り除かれる何かがなされなければならない。
4、人間がこの必要な贖いをすることはできない。それに必要なものを欠いているからである。他方、神は供給されている贖いをなすのに必要なものを所有している。
5、「神―人」が要求されている贖いをする(神として)能力と(人間として)義務との両方を備えている。それゆえに受肉が起こったのであり、それは要求されている贖いをなし、人類を贖うためなのである。
『何故に神は人間となり給いしか』(Cur Deus homo)について、以下のようにいっています。
「この著作は最善の形でのスコラ主義に典型的な特色を示している。つまり、理性に訴えること、証明の論理的整理、観念のもつ含蓄の徹底的な探求、そして、キリスト教の福音はその中心において合理的であり、合理的なものとして提示され得るとの根本的な核心が、ここで示されてれる。」(p.76)
No.5 - 2015/03/13(Fri) 15:01:50