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円谷浩さん。円谷一監督の三男。01年、37歳で死去。 長兄は円谷プロ5代目の社長ですが事務のおばちゃんにセクハラで訴えられてクビ、現在死去。 次兄は次の6代目社長ですがややこしい経緯で会社から放逐されました。
今でこそ三部作と扱われている宇宙刑事ですが、正直シャイダーだけ昔は評価が低かったんですよね。 シャリバンのレイダー編が怖すぎて子供が見てくれなくなり視聴率が落ちたもんで、アニーに露骨なパンモロキックばっかやらせて世のお父さん達を大喜びさせてました。またギャバンの父親関連の話やシャリバンの寄星伝みたいにシリーズを通して引っ張られるようなネタも控えめでしたし。 亡くなってからこそ声高に批判する人もいなくなりましたが、ご存命の頃は親のコネで主役やってる・髪型がイヤ・アニーの方が強いんだからアニーこそ変身させろよetc…と酷い言われようでした。 まあ親のコネで主役になったのは本当なんですけどね、脚本の上原正三さんは子供の頃の浩さんを知ってはいましたが、役者になってたとは知らなくて、オーディションで見て驚いたそうですから。円谷プロの恩返しに、自分が全話の脚本を書くことを条件に主役に推したのです。まあ最後まで選考に残ってたビルゲニアも東映のプロデューサーの息子さんなんですが。 そのビルゲニアと2人でJACに1ヵ月研修に通われたのですが、当時のJACはプチ軍隊みたいな無茶な訓練させてるところで、そこで専門の訓練を受けてた大葉さんや渡さんと比べてはいけませんね。 一方ビルゲニア演じる神官ポーは逆にアクションなんてまるでしないので、逆に研修に通った意味はあったのか…。 00年代にもクレーンゲームの景品なんかでギャバンとシャリバンのフィギュア出たのにシャイダーだけ出ないとか、露骨に扱い悪かったんですよね〜。まあ本編では最後の特番以外共演しないので、2人揃えば良いという人もいたのですが。
その後はほぼ時代劇に出演されてましたが、ウルトラマンダイナの時に上原さんに今のウルトラに出てると言ったら「チュラサの涙」の回の脚本を書いてくれたそうです。出来はまあ…うん。
前述のゲーム『スーパーヒーロー作戦』では、序盤にベムラーと戦った竜が森湖に後半行くと1人の老人がいて「ワシは子供向けの特撮ヒーロー番組を作りたいんじゃが良いアイディアないかね?」と聞いてきて、主人公が「ウ、ウルトラマンというのはどうでしょう?」と答えるというイベントがあります。この時シャイダーが仲間にいると「おや、アンタうちの孫に似てるねえ」というセリフが出ます。
そしてウルトラマンガイアを最後に体調を壊して役者を引退され、円谷プロ芸能部のマネージャーになられました。元々自分が役者になる際所属がないと困るからと作ってもらった部だそうで、恩返しをしていきたいと語られてました。 当時フランスで宇宙刑事の人気が非常に高く、ギャバン放送後に大葉さんがイベントで呼ばれて行ったら大歓迎を受けたそうです。翌年のシャリバン放送後に渡さんが行ったらやはり大反響。 そんな時、放送当時にシャイダーの漫画版を描いてた作家さんが浩さんに「呼ばれたらフランス行きますか?」と尋ねたら「もちろんですよ、ぜひ行かせてください。宇宙刑事の沢村大としてフランスの皆さんに会うのが楽しみです」と語られました…その一か月後に病死されましたが。
亡くなられた時、シャイダーに子役で出ていた人が宇宙刑事のファンサイト掲示板で「当時から大ちゃん、大ちゃんと呼んで可愛がってもらってました」と語られてました。 また「実直過ぎるほど実直な人で、撮影現場でも礼儀正しかった」という証言もあります。
一方でツイッターに、円谷プロで新しく仕事をすることになった人が浩さんにお会いした時「シャイダー昔見てて好きでした!」と言ったら、苦笑まみれに「お前、俺をバカにしてるのか?」と返されたという証言もあります。慌てて「本当に好きで見てたんです!」と言ったら真顔になって「そうか、ありがとな」と返されたそうですが…。 02年頃、放送当時に出た宇宙刑事のムック本が復刊した際、大葉さん・渡さん・上原さんの座談会が収録されたのですが、「僕らと違って品が良いから」という大葉さんに対し、上原さんは「浩君は良くも悪くも円谷プロのボンボンですよ」と返されてました。あれはどういう意味だったのか…。
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No.626 2025/12/01(Mon) 21:16:10
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