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オッス!毎月20日の担当、法倫房リトルボギーだ!! 何?態度が悪い?まあそう固いことを云うな(お約束)。
先々月に『リトルボギーのAV規制論🔞』をアップしたが、情けない程反響がない(泣笑)。内容が内容ゆえに人々の称賛や感動を呼ぶものでは決してないが、重大事を訴えたとの自負はあり、共感してくれる人はそれなりに世の中に存在すると思っているのだが、戦国房薩摩守や特撮房シルバータイタンの様に感想のメールや、BBSへの書き込みがあるでもない。 まあ、あの二人はリアルでの知り合いもいるから、場合によってはLINEで感想が飛んでくる。
数が僅かでも羨ましい限りだが、彼奴等に云わせると、俺の作品へのレスポンスがないのは、「態度が悪い上に、取り扱っている内容も、それに対する私見もえげつない。」とのことだ(苦笑)。 確かに態度悪く振舞っているが、これは世の悪や悪事に対する憎しみが大きい一方で、憎しみという感情が決して好ましいものではなく、これに暴走してはならないとする道場主自身への戒めも含めて敢えて醜く振舞っていることをここで述べておきたい。
さて、そんなことを考える日々の中、相変わらず凶悪犯罪に対する裁判を経過を追っているのだが…………検察の弱腰に頭に来ている。 以前、極刑求刑に対してそれが回避された際に上告を断念する検察の弱腰を批難したことがあったか、ここ数ヶ月の報道を見ると、極刑求刑そのものが驚く程見られない。
ただでさえ、永山基準への曲解もあってか、一審での裁判員裁判による極刑判決が高裁で覆されることが相次いだこともあってか、「被害者一人での極刑は無理」みたいな空気が漂っているのを疎ましく思っていたが、ここ一ヶ月の裁判では複数人が命を奪われた案件や、身勝手極まりない動機による犯行や、只々無罪主張しているだけで極刑求刑のそのものが納得し難い理由で避けられている。 否、納得し難いと云うより、明らかになっていないことも多い。
「殺人事件、即、極刑」を唱えるつもりはないが、「一人までは大丈夫」、「狂った振りをすれば大丈夫」、「その内極刑は廃止される」、「極刑が確定してもどうせ執行されない」………といった、決して正しいとは云えない御都合解釈が凶悪犯罪への歯止めを弱めることを俺は懸念する。
ともあれ、まずは今月中には極刑が執行されて欲しい。 今月の執行が無いと前回の執行から一年以上の間が空き、再開のし辛い空気が漂う。 まあ、極刑に対して軽く考えている奴等がいざ極刑になった際の周章狼狽もまた一つの報いかも知れんが、極刑に対する危機感が事前にあれば幾分なりとも凶悪犯罪は抑止されると俺は考えるし、期待したい。
それでは。
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No.729 2026/06/20(Sat) 11:19:55
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